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TSURUCHARM取材記事(9)「曹洞宗大本山總持寺」

2017年10月03日 12:23

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

本ブログでは、冊子のなかで紹介できなかった内容について広くご紹介致します!
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今回は、鶴見駅からほど近い、鶴見区の中心に位置する曹洞宗大本山總持寺に伺いました。取材を担当するのは、小林地域産業研究所長、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ菅野(商学科3年)です。この記事は菅野が執筆を担当しました。

【曹洞宗大本山總持寺、どんなところ?】
總持寺は、瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)禅師によって1321(元享1)年に現在の石川県輪島市で開かれましたが、明治31(1898)年、不慮の火災により多くの伽藍(がらん)が焼失してしまいます。複数の移転先が検討される中、神奈川県橘樹郡生見尾村(たちばなぐんうみおむら)鶴見(現在の鶴見区)でも、曹洞宗・成願寺(じょうがんじ)や、成願寺の本寺である馬場村の建功寺(けんこうじ)を中心に鶴見への移転嘆願書を提出し、実業界からの後押しも受けて熱心に嘆願を行いました。

その後貫首となった石川素童(そどう)禅師は、将来の展望と布教の使命から、1911(明治44)年、大英断をもって本山を現在の鶴見の地に移しました。移転以来100年余り、福井県の永平寺と並ぶ禅の根本道場として、大勢の僧が修行に励んでいます。

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(取材を受けてくださった、山口正章副監院)

【鶴見との関わり】
總持寺は鶴見駅にほど近い鶴見区の中心地にあり、15万坪という広大な敷地には、3,000人を収容できる大本堂(大祖堂)や、歌人・与謝野晶子がその素晴らしさに驚嘆したという石畳の佛殿、数万坪の墓地などがあります。また、教育と福祉にも取り組んでおり、運営する幼稚園や中学高校、大学等も隣接しています。出入り自由のオープンな敷地は、子供から地元のお年寄りまでたくさんの方が散歩を楽しむ憩いの場となっています。

近年は地元との関わりをさらに重視する方針を打ち出し、「まちの発展を託して迎えた大本山總持寺と、鶴見区とのより豊かな文化交流をすすめること」を目的とした「つるみ夢ひろばin總持寺」を開催するなどしています。

【雲水(修行僧)について】
總持寺では、毎年百数十人ほどの雲水が厳しい修行に打ち込んでいます。多くが全国各地から集まってきたお寺の跡継ぎの方。最近は、外国から修行に来られる方もいらっしゃるそうです。取材に伺った日はちょうど坐禅を集中的に行う日だったようで、見学中もたくさんの雲水の方とすれ違いました。
そんな雲水の一日は、朝4時起床→読経→朝6時朝食→作務(さむ)(各自が担当する掃除や炊事等の作業)、読経→11:30昼食→作務、読経→16:45夕食→入浴→坐禅→21時就寝、というスケジュールだそうです。時間は決められていますが、雲水は腕時計を持ちません。各所にある太鼓や鐘の音で時間を知るそうです。
 
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(修行の様子)

【總持寺の見どころ】
取材を受けてくださった山口副監院に、「總持寺の見どころ」をお聞きしたところ、「大雄宝殿(佛殿)」や、畳千畳もの広さを誇る「大祖堂」をあげてくださいました。また、そういった見どころだけでなく、修行している雲水の姿を見て、身近に感じてほしいそうです。「街中で見かけたらぜひ話しかけてください」とおっしゃっていました。また、7月に開催される「み霊祭(みたままつり)」では、雲水の方たちの激しい踊りが見ものです。盆踊りや僧侶への印象が一変するはずです。ぜひ一度参加してみてください。

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(取材の様子)

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(山口副監院と商科大学生記者)

【見学~佛殿】
インタビューの後、雲水の方に總持寺の境内を案内していただきました。その中でも印象的だった場所をご紹介します。

佛殿は、大雄宝殿(だいゆうほうでん)とも呼ばれる場所で、石畳の黒く光る床が特徴です。この場所には歌人・与謝野晶子の逸話が残されているそうです。
鶴見で和歌の会を行っていた与謝野晶子は、非公開だった總持寺の佛殿の内部が見たくてたまらず、和歌の会があるたびに何度も頼み込んだそうです。總持寺の方たちはその熱心さについに折れ、ある時、晶子を招いて佛殿の扉を開いたそうです。晶子は、一目内部を見て、黒々とした鏡のような床の荘厳な美しさに打たれ、あまりにも美しく磨かれた床に足を踏み入れることができず、和歌を一句残して去っていったそうです。その歌は、總持寺に石碑として残されています。
「胸なりてわれ踏みがたし氷よりすめる大雄宝殿の床」

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(与謝野晶子の歌碑(晶子の孫、与謝野馨の筆))

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(大雄宝殿(佛殿)の外観)

佛殿は現在も内部への立ち入りはできませんが、窓から中を参拝することができるようになっています。

【見学~百間廊下(ひゃっけんろうか)】
東西の伽藍群をつなぎ合わせている廊下で、長さ164メートルもあります。毎日雲水の方たちによって雑巾がけが行われているため、木の廊下はすっかりなめらかになっており、美しく光っていました。

廊下の横には「たたき」がありますが、鶴見事故のご遺体を一時安置した場所だと伺いました。鶴見事故は、1963(昭和38)年に起きた鶴見~新子安駅間の列車脱線多重衝突事故で、死者161名を出す大惨事となった事故です。總持寺では、毎日の廊下の拭き掃除の後、土間に水で長い二本の線を描くそうです。最後にじょうろをくねらせて水の筋を曲げて終えるのだそうですが、これは一説によると、二本の長い線香と、線香から出る煙を表し、犠牲者の慰霊を願う意味があるそうです。このお話を伺って、總持寺が鶴見の歴史とともに歩んできたこと、そしてこの地に寄り添い、日々祈りを捧げてくださっていることを実感しました。

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(磨きこまれた百間廊下)

【見学~単位の由来!?】
大僧堂は、總持寺に百数十人いる雲水の方たちのための伽藍です。雲水の方が食事をし、眠り、坐禅を組む、修行に専念する場であるため、一般の人は中に入ることができません。入口で雲水の修行について伺いました。

雲水の方は、寺に入って最初の1週間はひたすら壁に向かって坐禅を組むのだそうです。席を外すのが許されるのはトイレのときだけ、という厳しさで、その1週間が終わると、大僧堂に自分の場所である、「単(たん)」と呼ばれる一畳分のスペースをいただけるのだそうです。雲水の方は、そこに自分の荷物を置き、坐禅を組み、毎晩その場で眠り、食事をいただきます。単をいただくことを、「単(たん)の位をいただく」と言うそうで、私たち大学生が取得するのに四苦八苦する「単位」はこれが由来だそうです。驚きました。

【見学コース参加のすすめ】
總持寺は境内を自由に参拝することができますが、時間があれば、雲水の方に案内していただける一周約1時間のコースに参加することをおすすめします!雲水の方の説明を聞きながら巡ると、總持寺の歴史や、雲水の方の修行の様子がとてもよくわかります。予約もできるそうなので、ぜひ参加してみてください。

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(袈裟について雲水の方が説明してくださっている様子)

【取材を終えて】
以前、總持寺のみ霊祭(みたままつり)に参加したことがあったので今回の取材は楽しみでした。取材を通して、雲水の方の修行の様子を知り、身近に感じられるようになりました。街中で雲水の方をみかけた際はぜひ話しかけたいと思います。また、これからは總持寺の魅力を周囲に伝えていきたいと思います!
取材担当:商科大・菅野

★曹洞宗大本山總持寺
http://www.sojiji.jp/

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