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TSURUCHARM取材記事(7)「キリンビール株式会社横浜工場」

2017年09月30日 06:42

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

本ブログでは、冊子のなかで紹介できなかった内容について広くご紹介致します!
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今回は、キリンビール株式会社横浜工場に伺いました。取材を担当するのは、小林地域産業研究所所長、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ笠間(商学科2年)です。

【キリンビールの沿革、成り立ち】
「キリンビール株式会社」は、1885(明治18)年、在留外国人によってつくられた横浜山手の「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の事業を継承し、1907(明治40)年に設立され、今年で110周年をむかえています。

創立当初より、ドイツ人技師を招聘して、本格的なドイツ風ビール醸造を目指しました。三菱財閥の実業家・荘田平五郎の発案で古代中国の想像上の動物「麒麟」をラベルに採用したはじめての「キリンビール」は、1888(明治21)年に発売されました。その翌年1889(明治22)年、変更されたデザインが現在のデザインの原型です。
 
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(1888(明治21)年ラベル)
 
★キリンビールブログ_2(1889   (明治22)年ラベル).jpg
(1889(明治22)年ラベル)

1900(明治33)年に100社を超えていたビール醸造所は、1901(明治34)年麦酒税法が施行されると、競争が激化。淘汰の時代となり、たった1年で23社に激減、生き残った大手各社は合併により競争を回避しようとし、1906(明治39)年、札幌麦酒・日本麦酒・大阪麦酒の3社合同による大日本麦酒株式会社が設立され、東洋一の地位を獲得しました。このとき、ジャパン・ブルワリー・カンパニーにも合併の話がありましたが、大日本麦酒とは経営方針が異なるということを理由に、この提案を断りました。

ブランドの本質を変えずに、「キリンビール」の商標を守るという独自の生き残りをかけ、三菱から人材と資金の援助を受けて、新会社設立に向けて準備を始め、1907(明治40)年に「麒麟麦酒株式会社」が創立しました。

【横浜工場について】
1923(大正12)年9月の関東大震災により、横浜山手工場は甚大な被害を受けましたが、1926(大正15)年6月に現在の横浜生麦に最新設備を備えた新工場を完成させ、震災から3年で本格的な製造ができるまでに復旧しました。その後設備等の改修などを経て、現在では全国にあるキリンビールの工場の中でも環境に優しく市民に開かれたファクトリーパークとして、操業を続けています。
 
★キリンビールブログ_3(完成時の横浜新工場).jpg
(完成時の横浜新工場)

また、横浜工場でつくられたビール類は、主に関東圏内に出荷されていて、現在、全国に9つあるキリンビールの工場のなかで、2番目に多いビール出荷量を誇ります。
 
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(取材の様子)

【横浜工場の最近のトピックス】
横浜工場は、敷地内にビオトープ(多種の生物が共存する緑地や水辺等の環境)を設置して一般開放するなど、工場周辺や高速高架下の緑化活動を積極的に推進しています。今年8月には、工場近くで発生した生麦事件の碑を取り囲む新たな緑地をオープンしました。

また、昨年10月には、生麦での創業90周年を記念して、工場見学を最新鋭の設備にリニューアルしました。同時期には、みなとみらいや象の鼻公園からの観光船が着岸できるキリン桟橋も完成し、工場見学ツアーを利用する方々より好評を得ています。

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(キリン桟橋)

【工場長の経営ポリシー】
神崎工場長は、ものづくりに取り組みたいという想いからキリンビールに入社し、醸造部門や研究所勤務を経て、今年3月に初めての女性工場長として横浜工場長に就任しました。横浜は、キリンビール発祥の地であるということもあり、その役割の大きさを実感しているそうです。

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(お話を伺った神崎工場長)

ビール業界が縮小傾向にあるなか、横浜工場で力を入れているトピックスとしては、まずクラフトビールの間口を広げることだそうです。横浜工場には、酒類技術研究所というビール類やRTD(Ready to Drink)(購入後にそのまま飲める発泡酒やチューハイなど)を中心とした、キリングループにおける酒類事業の製品開発の中心となる研究所が設けられており、2014年以降は特にクラフトビールの技術向上に注力されています。クラフトビールの製造設備は、主力商品の20分の1ほどの大きさで、生産量も少なく、キリンビールのなかではまだとても小さなプロジェクトですが、利益を度外視してでも、ビールの新しい飲み方を提案し、1人でも多くのビール好きを増やしたいという熱い想いが込められています。

横浜工場の敷地内に併設されている「SPRING VALLEY BREWERY YOKOHAMA(スプリングバレーブルワリー横浜)」では、通常の小売店舗では販売されていない6種類のクラフトビールを常時味わうことが出来、いつもたくさんのお客さんで賑わっています。

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(スプリングバレー横浜ペアリングセット)

また、昨年は「47都道府県の一番搾り」を発売し、話題になりました。量産効果で生産コストを抑え、収益を追求するのが大手メーカーのビジネスモデルですが、「47都道府県の一番搾り」は多品種・少量生産です。一商品に対して47の違った味をつくることはこれまでの生産現場にはなかったことであり、生産性とは相反するこの企画案についてはじめて聞いたときには、神埼工場長はじめ、工場の方々は、皆驚いたそうです。そのような中、通常は開発から生産まで1年かかるところ、7か月という短納期での生産によって新商品を市場に投入できたことは、ものづくりという観点からすると、作り手として非常に面白い経験だったそうです。

「47都道府県の一番搾り」は、それぞれの地域の気質を取り入れており、例えば「横浜づくり」は、横浜開港に伴う西洋文化の流入による「お洒落でハイカラなイメージ」や「横浜を代表する洋食文化(ナポリタン・シウマイ・牛すじ煮込み)などの濃い味)」にあうように、味をつくり上げていったそうです。

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(横浜づくり)

神埼工場長は、地元に寄り添いながらものづくりを続けていき、ゆくゆくは鶴見や周辺地域の発展に繋げていくことが、企業としての存在意義だと考えているとおっしゃっており、「ビール市場を元気にしたい」「地域に愛されるブランドにしていきたい」という強い想いが伝わってきました。
 
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(横浜工場前で、笠間記者と神埼工場長)

【充実した社員教育制度】
「キリンビール」では、販売や事務系の職員も、入社時にはまず全国いずれかのビール工場で研修を受け、自社で扱う商品について学ぶ環境を整えています。また、横浜工場では特に、都市部に位置する工場として、廃水処理などにも配慮し、臭気が出ないような工夫を行っているそうですが、自社内の「ものづくり人材開発センター」では、廃水処理や廃棄物管理関連の環境セミナーのほか、ビールづくり、ヒューマンスキル等といった多岐に渡るセミナーを多数開講しているそうです。
神埼工場長は、従業員全員が生き生き働ける企業を目指して、人が育つ教育活動にも力を入れていきたいとおっしゃっていました。

【工場見学の感想】
取材後に、「キリンビール横浜工場」の見学ツアーに参加しました。ビールの原材料、製造過程、出荷までの流れなどを見るうちに、「キリンビール」というものが、より身近なものへと変わりました。こちらの工場見学は昨年度に内容がリニューアルされ、常に3ヶ月先まで予約が埋っているとのこと。平日は400名程度、土日は600名程度のお客様がツアーを楽しまれているそうです。 

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(工場見学の様子)

見学コースのなかでは、「一番搾り」という名前の由来や他のビールとの製造方法の違い、創業当時から現在へ至るまでのキリンビールの歴史や取組みの紹介など、今まで知らなかった「キリンビール」の奥深さを感じることができました。「一番搾り麦汁」と「二番搾り麦汁」の飲み比べは貴重な体験で、とても興味深かったです。

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(麦汁の試飲コーナーにて)

★キリンビール横浜工場
http://www.kirin.co.jp/entertainment/factory/yokohama/


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