地域産業研究所

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横浜商科大学の地域産業研究所です。

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2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

本ブログでは、冊子のなかで紹介できなかった内容について広くご紹介致します!
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今回は、ブラジル雑貨等を販売、提供するYURIショップに伺いました。取材を担当するのは、小林地域産業研究所所長、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ大橋(観光マネジメント学科3年)です。

【YURIショップ、どんなところ?】
YURIショップは、鶴見区仲通り商店街にある、ブラジル、フィリピン、ペルー等の日用雑貨や加工肉、調味料、豆類等の売り場とブラジル料理のレストランが併設された専門店です。レストランでは本格的なブラジル料理が提供されていますが、そのほとんどすべてにブラジルの国民食である豆の煮込みスープが付いてきます。このスープの材料である豆類はYURIショップで1番の人気商品です。
ブラジル以外にも、フィリピン、ボリビア、ペルー、アルゼンチン等、様々な国の人たちがこの店に足を運んできます。

★YURIショップブログ_1.JPG(取材の様子)

★YURIショップブログ_2.JPG
(人気商品の豆たち)

【ブラジル出身者の多いまち・鶴見】
鶴見区には横浜市内全体の半数を超える1000人以上のブラジル出身者が暮らしています。鶴見区はもともと京浜工業地帯の工場で働く人々が住む町として発展し、そのなかには沖縄出身者も多く含まれていました。1990年代以降、鶴見に住む親戚や兄弟を頼り、かつて沖縄から南米に渡った人々の子孫にあたる日系2世、3世が来日するようになり、現在に至ります。

社長の小橋川百合子さんも、ブラジルのサンパウロ出身の日系2世で、1989年に来日しました。当初は2年程度働き、ブラジルに帰国する予定でしたが、17年前、先に友人が経営していたこのお店を受け継ぎ、以来、鶴見に在住しています。お店を始めた当初は友人が経営していた「ロジールYURI」という名前をそのまま使っていたそうですが、3年前にYURIショップに改名したそうです。

★YURIショップブログ_3.JPG
(お話を伺った小橋川社長)

YURIショップは、小橋川社長のご両親や娘さんと共に経営しています。また、ご兄弟は千葉で同様のブラジル雑貨のお店を開いているそうです。日本に来て小橋川さんファミリーが一番苦労したことは、日本語を覚えることだったそうで、来日当初は大変だったとおっしゃっていました。

★YURIショップブログ_4.JPG
(小橋川社長とお父様)

【地域とのかかわりあい】
2015年秋、日本とブラジルの外交樹立120周年を記念した「ブラジルWEEK in つるみ」が、鶴見区、ブラジル総領事館の協力を得て鶴見区で開催されました。ブラジルの音楽(サンバ)や料理、スポーツなどブラジルの文化に触れる機会として大変な反響を呼び、翌年も2年連続で開催されました。YURIショップもイベントスタッフに出される食事を無料で提供し、とても喜ばれたそうです。

★YURIショップブログ_5.JPG
(YURIショップで食べられるブラジル料理)

ブラジルでは、毎食のように肉と豆を食べるそうで、YURIショップにも珍しい加工肉等の食材がたくさん売っていました。

★YURIショップブログ_6.JPG
(ブラジル料理に欠かせないコーヴェ(ケール)も取り扱っています)

また、今回の取材中に、パステルという牛肉やタマネギを小麦粉でできた皮で包み揚げたブラジル版揚げ餃子をいただきました。想像していたよりも大きなサイズで、1つ食べただけでお腹がいっぱいになり、とても美味しかったです。店内ではこの他にも色々なブラジル料理を食べることができます。一番の人気メニューはピザだそうです。小橋川社長は、いつか2号店として、レストランを開くという目標があるとおっしゃっていました。

★YURIショップブログ_7.JPG
(パステルを食す大橋記者)

【取材してみての感想】
小橋川社長の気さくな人柄と、YURIショップの明るい雰囲気に触れ、あまり緊張せずに取材を終えることができました。これからもYURIショップには日本とブラジル文化の交流の掛け橋としてありつづけてほしいと思いました。

★YURIショップブログ_8.JPG
(YURIショップの前で)

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

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今回は、キリンビール株式会社横浜工場に伺いました。取材を担当するのは、小林地域産業研究所所長、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ笠間(商学科2年)です。

【キリンビールの沿革、成り立ち】
「キリンビール株式会社」は、1885(明治18)年、在留外国人によってつくられた横浜山手の「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の事業を継承し、1907(明治40)年に設立され、今年で110周年をむかえています。

創立当初より、ドイツ人技師を招聘して、本格的なドイツ風ビール醸造を目指しました。三菱財閥の実業家・荘田平五郎の発案で古代中国の想像上の動物「麒麟」をラベルに採用したはじめての「キリンビール」は、1888(明治21)年に発売されました。その翌年1889(明治22)年、変更されたデザインが現在のデザインの原型です。
 
★キリンビールブログ_1(1888(明治21)年ラベル).jpg
(1888(明治21)年ラベル)
 
★キリンビールブログ_2(1889   (明治22)年ラベル).jpg
(1889(明治22)年ラベル)

1900(明治33)年に100社を超えていたビール醸造所は、1901(明治34)年麦酒税法が施行されると、競争が激化。淘汰の時代となり、たった1年で23社に激減、生き残った大手各社は合併により競争を回避しようとし、1906(明治39)年、札幌麦酒・日本麦酒・大阪麦酒の3社合同による大日本麦酒株式会社が設立され、東洋一の地位を獲得しました。このとき、ジャパン・ブルワリー・カンパニーにも合併の話がありましたが、大日本麦酒とは経営方針が異なるということを理由に、この提案を断りました。

ブランドの本質を変えずに、「キリンビール」の商標を守るという独自の生き残りをかけ、三菱から人材と資金の援助を受けて、新会社設立に向けて準備を始め、1907(明治40)年に「麒麟麦酒株式会社」が創立しました。

【横浜工場について】
1923(大正12)年9月の関東大震災により、横浜山手工場は甚大な被害を受けましたが、1926(大正15)年6月に現在の横浜生麦に最新設備を備えた新工場を完成させ、震災から3年で本格的な製造ができるまでに復旧しました。その後設備等の改修などを経て、現在では全国にあるキリンビールの工場の中でも環境に優しく市民に開かれたファクトリーパークとして、操業を続けています。
 
★キリンビールブログ_3(完成時の横浜新工場).jpg
(完成時の横浜新工場)

また、横浜工場でつくられたビール類は、主に関東圏内に出荷されていて、現在、全国に9つあるキリンビールの工場のなかで、2番目に多いビール出荷量を誇ります。
 
★キリンビールブログ_4.JPG
(取材の様子)

【横浜工場の最近のトピックス】
横浜工場は、敷地内にビオトープ(多種の生物が共存する緑地や水辺等の環境)を設置して一般開放するなど、工場周辺や高速高架下の緑化活動を積極的に推進しています。今年8月には、工場近くで発生した生麦事件の碑を取り囲む新たな緑地をオープンしました。

また、昨年10月には、生麦での創業90周年を記念して、工場見学を最新鋭の設備にリニューアルしました。同時期には、みなとみらいや象の鼻公園からの観光船が着岸できるキリン桟橋も完成し、工場見学ツアーを利用する方々より好評を得ています。

★キリンビールブログ_5_桟橋.jpg
(キリン桟橋)

【工場長の経営ポリシー】
神崎工場長は、ものづくりに取り組みたいという想いからキリンビールに入社し、醸造部門や研究所勤務を経て、今年3月に初めての女性工場長として横浜工場長に就任しました。横浜は、キリンビール発祥の地であるということもあり、その役割の大きさを実感しているそうです。

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(お話を伺った神崎工場長)

ビール業界が縮小傾向にあるなか、横浜工場で力を入れているトピックスとしては、まずクラフトビールの間口を広げることだそうです。横浜工場には、酒類技術研究所というビール類やRTD(Ready to Drink)(購入後にそのまま飲める発泡酒やチューハイなど)を中心とした、キリングループにおける酒類事業の製品開発の中心となる研究所が設けられており、2014年以降は特にクラフトビールの技術向上に注力されています。クラフトビールの製造設備は、主力商品の20分の1ほどの大きさで、生産量も少なく、キリンビールのなかではまだとても小さなプロジェクトですが、利益を度外視してでも、ビールの新しい飲み方を提案し、1人でも多くのビール好きを増やしたいという熱い想いが込められています。

横浜工場の敷地内に併設されている「SPRING VALLEY BREWERY YOKOHAMA(スプリングバレーブルワリー横浜)」では、通常の小売店舗では販売されていない6種類のクラフトビールを常時味わうことが出来、いつもたくさんのお客さんで賑わっています。

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(スプリングバレー横浜ペアリングセット)

また、昨年は「47都道府県の一番搾り」を発売し、話題になりました。量産効果で生産コストを抑え、収益を追求するのが大手メーカーのビジネスモデルですが、「47都道府県の一番搾り」は多品種・少量生産です。一商品に対して47の違った味をつくることはこれまでの生産現場にはなかったことであり、生産性とは相反するこの企画案についてはじめて聞いたときには、神埼工場長はじめ、工場の方々は、皆驚いたそうです。そのような中、通常は開発から生産まで1年かかるところ、7か月という短納期での生産によって新商品を市場に投入できたことは、ものづくりという観点からすると、作り手として非常に面白い経験だったそうです。

「47都道府県の一番搾り」は、それぞれの地域の気質を取り入れており、例えば「横浜づくり」は、横浜開港に伴う西洋文化の流入による「お洒落でハイカラなイメージ」や「横浜を代表する洋食文化(ナポリタン・シウマイ・牛すじ煮込み)などの濃い味)」にあうように、味をつくり上げていったそうです。

★キリンビールブログ_8.gif
(横浜づくり)

神埼工場長は、地元に寄り添いながらものづくりを続けていき、ゆくゆくは鶴見や周辺地域の発展に繋げていくことが、企業としての存在意義だと考えているとおっしゃっており、「ビール市場を元気にしたい」「地域に愛されるブランドにしていきたい」という強い想いが伝わってきました。
 
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(横浜工場前で、笠間記者と神埼工場長)

【充実した社員教育制度】
「キリンビール」では、販売や事務系の職員も、入社時にはまず全国いずれかのビール工場で研修を受け、自社で扱う商品について学ぶ環境を整えています。また、横浜工場では特に、都市部に位置する工場として、廃水処理などにも配慮し、臭気が出ないような工夫を行っているそうですが、自社内の「ものづくり人材開発センター」では、廃水処理や廃棄物管理関連の環境セミナーのほか、ビールづくり、ヒューマンスキル等といった多岐に渡るセミナーを多数開講しているそうです。
神埼工場長は、従業員全員が生き生き働ける企業を目指して、人が育つ教育活動にも力を入れていきたいとおっしゃっていました。

【工場見学の感想】
取材後に、「キリンビール横浜工場」の見学ツアーに参加しました。ビールの原材料、製造過程、出荷までの流れなどを見るうちに、「キリンビール」というものが、より身近なものへと変わりました。こちらの工場見学は昨年度に内容がリニューアルされ、常に3ヶ月先まで予約が埋っているとのこと。平日は400名程度、土日は600名程度のお客様がツアーを楽しまれているそうです。 

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(工場見学の様子)

見学コースのなかでは、「一番搾り」という名前の由来や他のビールとの製造方法の違い、創業当時から現在へ至るまでのキリンビールの歴史や取組みの紹介など、今まで知らなかった「キリンビール」の奥深さを感じることができました。「一番搾り麦汁」と「二番搾り麦汁」の飲み比べは貴重な体験で、とても興味深かったです。

★キリンビールブログ_11.JPG
(麦汁の試飲コーナーにて)

★キリンビール横浜工場
http://www.kirin.co.jp/entertainment/factory/yokohama/


2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

本ブログでは、冊子のなかで紹介できなかった内容について広くご紹介致します!
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今回は、鶴見区仲通り商店街にあるおきなわ物産センターに伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ大宮(商学科2年)です。

【株式会社おきなわ物産センターは、どんなところ?】
おきなわ物産センターは、先代の下里英俊氏が1986(昭和61)年に「沖縄の台所に直結するもの」をキーワードに沖縄の特産品、生鮮・加工食品や民芸品などの小売り・卸販売業として仲通り商店街で開業しました。鶴見には昭和初期より、京浜工業地帯の働き手として多くの沖縄県出身者が移住してきました。現在でも3万人ともいわれています。沖縄の食材、雑貨を販売する店舗がなくニーズが高かったことがこの地で開業する判断になりました。社名の「おきなわ」をひらがなにしたのは、漢字の堅苦しさのイメージを柔らかくし、親しみやすさを感じせたいという先代の考えがあったからそうです。

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(おきなわ物産センターの店舗前)

現在は、ご子息の下里優太氏が先代から受け継いだ事業以外に、沖縄文化の魅力を発信する場として沖縄関連イベントの情報提供や運営企画も行っています。テレビ、新聞、雑誌などでも多数取り上げられ、遠方からも沖縄ファンや沖縄出身芸能人もたくさん訪れ、親しまれています。
 
おきなわ物産ブログ_2.JPG(取材の様子)

【豊富な品ぞろえで島人(しまんちゅ)の総合スーパーを目指す】
おきなわ物産センターで取り扱っている品物は1,000種類以上あり、沖縄県産の豚肉やゴーヤ、島豆腐などの生鮮品は航空便で直接仕入れています。他に調味料やポーク缶詰、冷凍食品、健康食材など日常生活に欠かせない物はもちろん、お酒の種類が豊富で、ハブ酒のような珍しい沖縄特産品も揃っています。
 
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(学生記者に沖縄の商品を説明している下里社長)

自社工場の自慢の商品その1 サーターアンダギー
沖縄の代表的なお菓子と言えばサーターアンダギー。店舗では作りたてのものが購入できるので、大人気です。一口で食べられる丁度良いサイズで、砂糖の加減と揚げたての温かさがとても美味しかったです。また1個80円(黒糖90円)とお得な値段で販売しているので、ぜひ食べてほしい一品です。
 
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(沖縄の代表的なお菓子サーターアンダギー)

自社工場の自慢の商品その2 沖縄そば
沖縄の郷土料理の定番と言えば沖縄そば(ソーキそば)。ここで作っている沖縄そばは、そば粉を使わず、小麦粉を使っているので、そばアレルギーの方でも食べられるのが特長です。スープはうどんやそばに近く、麺は中華麺のしっかりした触感で、麺類の料理の良いとこ取りをしたような料理です。
店舗では麺だけではなく、だしや肉などの素材も一緒に購入できます。また、隣接している「おきなわ亭」でも食べられます。私が食べた感想としては、麺の触感がしっかりしていて、スープの味も出汁が肉の濃い味にマッチしてとても美味しかったので、こちらもぜひ食べてみてほしいです。
 
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(沖縄の郷土料理 沖縄そば)

食材以外では、「三(さん)線(しん)」や「パーランク―」という太鼓のような楽器、工工四(くんくんし)(沖縄三線の楽譜)、民芸品やCD・DVD、健康補助品など沖縄ファンに喜ばれるような物を厳選し販売しています。

【最近社長が嬉しかったこと】
先日、「エイサー」という沖縄伝統の演舞で使う「パーランク―」という太鼓の注文を100個程受けたことがあったそうです。驚いて事情を聞くと、近隣小学校の運動会で「エイサー」が行われることになったためだったそうで、下里社長は、地域にとって沖縄の文化が身近な存在になっていると感じ、とても嬉しかったとおっしゃっていました。

【沖縄と鶴見の懸け橋への取り組み】
去年11月に入船公園で「第1回鶴見ウチナー祭」が開催され大いに賑わいました。2日間で総勢5万人が来場し、沖縄の食と文化を満喫しました。主催実行委員長を務めた下里社長は、「祭で鶴見を盛り上げ、故郷沖縄に還元したい」という強い想いで実現させました。
鶴見には南米の方も大勢在住していることから、ウチナー祭にも出店してもらいました。言葉の面で意思疎通に苦労する場面もありましたが、皆で協力しながら一緒にお祭りを盛り上げることができたそうです。今後は年に二回開催する目標を掲げており、将来的には、「ウチナー祭を区の代表的な祭りにしたい」という大きな夢もあるそうです。

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(ウチナー祭の様子)

また、毎年沖縄で開催される「沖縄国際映画祭」を支援する「つるみ応援団」を沖縄県外で初めて結成し、その協力団員として今年5月征矢区長とともに沖縄国際映画祭のレッドカーペットを歩いたそうです。沖縄県庁も訪ね、鶴見と沖縄のさらなる友好関係を築けるよう積極的に活動を行っています。

【若き経営者のチャレンジ精神】
社長に就任して2年目となる下里氏は、経営者でありながら、沖縄文化を広める発信者でもあり、チャレンジ精神が旺盛です。物産センターには「おきなわ亭」を併設、自社工場で作った出来立ての食を毎日提供して、特に沖縄そばが大人気だそうです。百貨店や地元スーパーなどから催事出店の要請も多くお客様から好評を得ています。

また、毎年8月に仲通商店街で開催されるエイサー祭「道じゅねー」の後援するほか、神奈川県内や他県での沖縄イベントにも積極的に参加し沖縄の魅力を広めています。
 
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(取材を受けてくださった下里社長)

【取材を終えて】
今回の取材を通して、普段味わえない沖縄の雰囲気やにぎやかさ、おいしさを短い間で体感でき、沖縄旅行の気分を味わえました。鶴見のイベントや沖縄文化をもっと知り、地域に貢献するよう活動したいと思いました。貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。
 
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(下里社長と学生記者大宮)

★株式会社おきなわ物産センター
http://okinawa-bussan.net/

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

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今回は、日産自動車株式会社の横浜工場に伺いました。取材を担当するのは、小林地域産業研究所所長、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ菅野(商学科3年)です。

【日産自動車株式会社横浜工場、どんなところ?】
日産自動車株式会社は、1933(昭和8)年に自動車部品から最終組み立てまで行う自動車一環生産工場として横浜で創立しました。現在の横浜工場は、総面積約54万㎡(東京ドーム約11個分)という非常に広大な敷地で、エンジンやモーター、サスペンション部品といった自動車の最重要部品のマザー工場として操業しています。敷地内には日産エンジンミュージアムを併設しており、日産自動車の歴史等について学ぶこともできます。
 
★日産ブログ_1.JPG
(取材時の様子)

【横浜工場の取り組みと新たなプロジェクト】
村田工場長は、「人々の生活を豊かに」という日産自動車のビジョンのもと、革新的な挑戦をしつつ、安全や環境問題を解決する商品を提供していくことを横浜工場の役割としているそうです。最近の大きなプロジェクトとして、世界初のVCターボエンジンを生産準備したことが挙げられます。このエンジンは、世界初の可変圧縮比技術を採用しました。同技術により高性能2リッターガソリンターボエンジンのパワーとディーゼルエンジンの特長である高いトルクと効率性を併せ持つこれまでにない最先端のエンジンの一つです。
 
★日産ブログ_2_VCエンジン.jpg(VCエンジン)

また、村田工場長は地元あっての工場であるということを繰り返しおっしゃっており、子供と高齢者の交通事故防止を目的とした「ハローセーフティーキャンペーン」を行ったり、毎年行われる祭りでのバザーの売り上げと監督者組織の募金で鶴見区、神奈川区内の福祉施設へ物品を寄付したりと、地域貢献活動も積極的に行っています。

 
★日産ブログ_3.JPG
(お話を伺った村田横浜工場長)

【世界に誇る「匠」の技術】
 横浜工場には、日産自動車が誇るスポーツカー「GT-R」のエンジン組み立てを「匠」と呼ばれる職人が、塵や埃のない専用のクリーンルームで1基1基組み立てています。「匠」は、日本を含む世界20の国や地域で展開する日産自動車のなかでもこの横浜工場に所属するわずか5名のみ。卓越した感覚と手組みによる精密さで、数ミクロン単位で部品の調整等を行うそうです。組み立てられたエンジンには「匠」のネームプレートが装着されており、職人としての誇りとその品質に最後まで責任をもつという覚悟の証でもあります。
 
★日産ブログ_4.JPG
(エンジンミュージアム内の様子)
 
★日産ブログ_5_GT-R.jpg
(GT-R)

【工場見学を通して】
 取材後に工場を見学させていただきましたが、広い工場内には、様々なエンジンの生産ラインがくまなく張り巡らされており、圧倒されました。ほとんどの工程で、ロボットや機械による自動化が進んでおり、敷地面積に対して、想像していたより作業員の方が少ないことが印象的でした。
 
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(工場内の様子:シリンダーブロック投入ロボット)

通常約1時間の見学コースのところ、一般見学では見ることのできない場所まで案内して頂き、横浜工場の広大さと生産量の多さを実感しました。年間約3万人以上が訪れるという一般向けの工場見学ツアーはとても人気で、常に3ヶ月先まで予約がいっぱいの状態だそうです。鶴見区・神奈川区の小学校を対象に優先枠を設けるなど、毎年たくさんの見学申込があるそうで、小学生にとっても、モノづくりを間近で体験することのできるとても良い機会であると感じました。

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 (日産横浜工場ゲストホール河村館長にご案内いただきました)

★日産ブログ_8.JPG
 (エンジンミュージアム前で、河村館長と共に)

【取材メモ】
世界を代表する自動車メーカーの取材にお伺いし、最初はとても緊張しましたが、「明るく楽しく元気に」がモットーだという工場長から、エンジンや自動車業界について気さくにお話いただき、自動車のことが以前より身近に感じられるようになりました。

★日産ブログ_9.JPG
 (学生記者菅野と村田工場長)

★日産自動車株式会社 横浜工場
http://www.nissan-global.com/JP/PLANT/YOKOHAMA/

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力していくことになりましたが、その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大が担当することになりました。

今年、鶴見区が区制90周年を迎えるにあたり、これまで商科大学で担当してきた22社と、鶴見区らしい企業、事業所等41箇所の取材記事を新たに加えてまとめ、『TSURUCHARM~私が見た鶴見★しごと~』として冊子を発行することとなりました。

本ブログでは、冊子のなかで紹介できなかった内容について広くご紹介致します!
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今回は、鶴見区の旧東海道にある魚河岸通り生麦魚介商組合に伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生記者長田(経営情報学科3年)と池田(経営情報学科1年)です。

【生麦魚河岸通りは、どんなところ?】
生麦魚河岸通りは、JR鶴見線国道駅から旧東海道を西に向かった鶴見5丁目にあります。東西400メートルほどの通りに面した20数店のほとんどが生鮮魚介類を取り扱っており、魚河岸横丁の風情を醸し出しています。戦後の開業から70余年の間に培った経験と目利きの確かさで、鮮度・味の良いもの、旬のものを「自分で仕入れて自分で売る」ことに拘りっており、寿司、割烹、居酒屋など品質に厳しい顧客が主な販売先です。魚種が豊富な築地と地場ものが多い横浜市場の特徴を活かし、毎朝直接仕入れを行っています。

★魚河岸ブログ_1.JPG(魚河岸通り生麦商店街の看板)

★魚河岸ブログ_2.JPG
(取材の様子)

【生麦漁業における時代背景】
生麦魚河岸通り商店街が立地している生麦は、江戸時代に生麦浦と呼ばれ、「卸菜八ヶ浦」の一つとして、江戸城の将軍が食べる魚(卸(お)菜(さい))を1ヶ月に3度ずつ献上していました。また、御用船の曳き船(引網をつけて他の船や筏(いかだ)などを曳航する船)などの役割を果たしていました。これにより、江戸湾内で自由に漁業をする特権が得られ、東京湾の中でも屈指の漁業の町として栄えたそうです。

生麦沿岸での漁獲量が減少してきたため、明治中期ごろには江戸前のノリと貝の養殖が中心となりました。明治末期頃に入り、日本の工業化の進展に伴い、海岸が埋め立てられ京浜工業地帯が造られたことで生麦漁業は完全に消滅したそうです。戦後になって、鮮度の良い魚を地元で購入したいとのニーズに応え、築地や横浜市場から買い付けた魚介類を商う店舗が徐々に増えて現在の姿になったそうです。

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(朝から買い付けにくるお客さんで賑わっている様子)  
       
【どのようなお店がある?】
全長約400mある生麦魚河岸通りには、魚介全般を取り扱う店のほか、マグロ専門店をはじめ、あなご専門店、貝専門店、フグ取扱店などの専門店も多く並んでいます。

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★魚河岸ブログ_5.JPG
(マグロ専門店「鈴木」の店頭の様子)

早朝は、寿司屋さんや料理屋さんのようなプロが活きの良い魚を買い付けにきて賑わっていますが、9時以降は一般客向けに「魚一匹、貝一個」から販売しています。魚の多くは、生きたまま店に並べ、その場でおろして売っています。

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(お客さんの求めに応じその場で調理)

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(「生豊」の店主安斉さんが魚をさばく様子)

また、買い物客や観光客向けの飲食店や、寿司屋さんで使う雑貨などを販売する店も何軒かあります。
今回、取材をさせていただいた「丸菊」2代目で、生麦魚介商組合の理事長も務める昼間和久氏は、マグロ以外の魚介類を取り扱っています。お客様の8割以上は常連客で、遠方まで配達するそうです。プロだけでなく一般の方々に対しても販売しています。

取材を通して驚いたのは、40年以上に渡ってお付き合いしている常連さんがいることです。それは、常に品質の良い品物を提供していることによる信頼関係の賜物であると感じました。

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(店頭に並ぶイカや貝などの魚介類の数々)

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(朝網で捕りたてのアナゴやイカ、牡蠣など)

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(人気の赤貝、青柳、珍しい貝もたくさん)

【長年続けられた秘訣とは?】
取材させていただいた昼間理事長は、「魚の仕入れから販売まで、すべて自分自身が責任を持って行っているから、売り切った時の達成感や、お客様から感謝された時にやり甲斐を感じ、30年以上に渡って続けてこられた」とおっしゃいました。

商店街のほとんどは、朝早く市場に行き、自分自身の目で新鮮な魚を見極めて仕入れ、販売しているそうです。お客様からは、「珍しい魚が売っている」、「いつも新鮮な魚を手頃な値段を購入できる」と、大変好評です。横浜の市場からだけでなく、東京・築地の市場の魚介も仕入れて、今後も「いいとこ取りの市場」として続けていきたいとおっしゃっていました。

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(取材を受けてくださった「丸菊」2代目、生麦魚介商組合の理事長昼間氏)

【季節の行事と地域交流】
毎年7月末には「魚供養」と呼ばれる行事が行われます。これは魚に対して感謝と供養をする行事で近くの小学校と協力して、感謝の気持ちを込めて鶴見川に稚魚の放流などを行っています。

また、11月には「魚河岸祭り」が行われています。生麦魚河岸通りの各店自慢の名物を販売し、特に「穴子の天ぷら」と「アサリ飯」は行列ができるほどの人気だそうです。2014年に生麦第一地区連合会が運営を引き継ぎ「生麦旧東海道祭り」と名称は変わりこそしましたが、大人から子どもまで楽しむことのできるイベントとして親しまれています。

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(生麦魚介商組合の会計を担当している「生豊」の店主安斉氏)

この他にも6月に行われる横浜市無形民俗文化財に認定された「蛇も蚊も祭り」や年末の大売り出しなど、地元のイベントや活動に積極的に参加し、様々な人と触れ合うことで生麦魚河岸通りの認知度を上げ、地元の活性化に努めています。

★魚河岸ブログ_13.JPG
(接客している「丸菊」2代目昼間社長)

【取材を通して】
<学生記者長田のコメント>
取材の中、生麦魚河岸通りの話だけでなく、魚についてのことも沢山教えていただきました。豊富な知識量と、魚に対する熱意、そして楽しそうに話す姿はとても印象的でした。「生麦魚河岸通りのため、自分たちのために、今後10年、20年と出来る限り続けていきたい」という言葉は、とても魅力に感じました。

 ITの進化により、商品の購買はインターネットで手軽にできるようになりました。直接交流を交わし、売り買いをすることができる温かみのある場所は、日に日に数が少なくなっています。そんな時代であるからこそ、生麦魚河岸通りは取引先の方々だけでなく地元の人にとっても、貴重で大切な場所であり、大きな価値があるのではないでしょうか。

<学生記者池田のコメント> 
今回の取材を通して普段では知ることのできない多くのことを知ることが出来ました。
時代が進み、インターネットを通して商品やサービスを購入することができるようになり、お店に直接行かなくても買い物ができるようになりました。それでも魚河岸通りに人が集まってくるのは、お祭りなどを開催して地域の交流を大事にしたり、プロだけではなく一般の方も買い物しやすいように工夫したりするなど、様々な努力をされているからだと思いました。

★魚河岸ブログ_14.JPG
(学生記者長田、昼間理事長、学生記者池田)

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