地域産業研究所

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2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力しています。その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大の学生記者が担当しています。
今回は、京急鶴見市場駅からほど近い、ゴム通り沿いにある株式会社京南に伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ笠間(商学科2年)です。この記事は笠間が執筆を担当しました。

【株式会社京南の沿革について】

株式会社京南は、1956(昭和31)年に塗装請負業として鶴見区矢向で創業しました。それ以来、塗装を中心としたリニューアル工事の施工管理を行っています。1988(昭和63)年に東京都大田区に東京営業所を開設、2006(平成18)年に本社を現在の鶴見区平安町に移転しました。主に手掛けているのは橋梁や石油化学プラント、集合住宅等の塗装や、改修工事、防水工事等で、最近では、マンション、ビル、物流倉庫をリニューアルする工事に携わったそうです。

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(お話を伺った千葉代表取締役)

【真摯に塗装に取り組む】

株式会社京南で心がけているのは、丁寧に、真摯に仕事に取り組むこと。工事に取りかかる前は様々な角度から検証を行い、顧客のニーズにあった提案をします。工事を確かな技術で行うのはもちろんのこと、工事中にも様々な工夫と提案を行っています。工事後も、2年、5年の自主点検を実施し、アフターフォローを丁寧に行っています。最近は工程を省いて価格を安くする業者もいますが、そういった塗装は長持ちしないため、次の工事までの期間が短くなります。株式会社京南では、結局は塗装が長持ちする方がコストダウンにつながり顧客の利益になることから、工程を省かず丁寧な仕事を心がけているそうです。

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(安全打ち合わせ会議の様子)

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(作業用の足場)

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(完成した水道僑)

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(完成した共同住宅)

【安定経営の秘訣】

株式会社京南は、これまで赤字を出したことがなく、無借金経営を続けています。安定した経営の秘訣について千葉社長に伺ったところ、受注した仕事や取引先の大小に関わらず一件一件の仕事に真摯に取り組んできた結果だとおっしゃっていました。少数の大口顧客に絞らず、多数の顧客から受注し、真摯な仕事で信頼を得てきたことが、好不況の波に影響されなかった要因だそうです。

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(取材の様子)

【会社が最も大切にしているのは「人」】

会社として最も大切にしているのは「人」だそうです。必要な資格は会社負担で取得させるなど、社員を大事に育てています。
また、取材の中で千葉社長が、「若い時に一生懸命やった方がいい。努力をした方がいい。その結果は、歳を重ねたときに出てくる。いい老後を送っている人はやはり若い頃必死に仕事をしていた。」とおっしゃっていたのが大変印象的でした。一生懸命営業をし、真摯に仕事をする、ということを愚直に繰り返してきたという千葉社長の姿勢が、その言葉に重なりました。

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(事務所の様子)

【取材を終えて】

今まで塗装に注目することは少なかったのですが、今回取材した株式会社京南のような塗装会社が丁寧な仕事をされているからこそ、私たちの身の回りにある建物が美しく保たれているのだと実感しました。今後、建物や工場などを見る際には今回の取材で千葉社長がおっしゃっていた事を思い出しながら、塗装にも注目したいと思います!

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(取材の後、商科大学生記者、千葉代表取締役、総務担当荒川様)

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力しています。その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大の学生記者が担当しています。
今回は、大黒町にある東洋電装株式会社に伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ笠間(商学科2年)です。この記事は笠間が執筆を担当しました。

【東洋電装株式会社、どんな会社?】

東洋電装株式会社は、1959(昭和34)年に創業した企業で、各種電気工事のエキスパートです!①建築物の電気・情報通信設備、②鉄道施設の電力系や情報通信設備、③プラント関連施設の電力・制御・通信設備、の3つの部門が事業の柱です。本年度は一般電気設備の受注が多く60%を占めているそうです。川崎チネチッタやみなとみらいのマークイズ、赤レンガ公園等、私たちにも身近なところで活躍されています。最近では、新築される神奈川県分庁舎の電気工事を受注したそうです。

時代とともに変化する需要に対応できるよう社員自ら進んで新技術、技能の習得に努め、全員が同じ目標に向かって協力しながら、お客様のニーズに合った完成度の高いものを作ることに注力しています。

CIMG8892.JPG(お話を伺った和田隆取締役社長)

【鉄道工事は真夜中に】

東洋電装は鉄道施設の電気工事を得意としていますが、特に横浜市営地下鉄については専用の重機を持つなどして長年にわたり携わっています。鉄道工事は運行がない深夜に行われます。不備があれば翌朝の始発に遅れが出てしまうため大変な緊張感があるそうですが、東洋電装が始発に影響するような事故を起こしたことは、市営地下鉄の工事に関わってきた45年間で一度もありません。すべてが電気に頼っている現代では、電力、信号系統の事故が人々の暮らしに大きく影響してしまう、ということを社員全員が肝に銘じているそうです。

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(東洋電装が所有する横浜市営地下鉄専用の重機)

【社員が大事にしている理念】

会社の基本理念は、「一人一人の技術力と、顧客を想う心が信頼と高い評価につながる。」です。和田取締役社長は、「建設業は、受注段階で売るものを形で見せることができないため、信頼を得ることを大切にしている。高い技術力を持ち、真摯に仕事に取り組んでいいものを顧客に提供していくことが信頼につながり、次の仕事へ繋がっていく。」とおっしゃっていました。
2012(平成24)年には、横浜市発注の工事において優秀な工事成績で施工した現場責任者に贈られる現場責任者表彰(設備部門、建築部門)を、東洋電装の社員の方が受賞し、林市長から表彰されたそうです。

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(取材の様子)

【建設現場で働く醍醐味】

建設現場の事務所は設計・建築・空調・衛生など、様々な会社からやってくる現場担当者が協力しながらひとつのものを創り上げていく場所。工程を進める上で施工の順番を調整したり、天井内の設備の取付場所を取り合ったりなど、打合せの連続です。時には駆け引きもあり、その現場担当者の交渉手腕で職人さんたちの苦労やコストが大きく変わるそうです。長い工事期間をそのように切磋琢磨し、大変な場面をいくつも乗り越えて建物が出来上がり、照明を点灯するときが、一番の苦労が報われる瞬間だとか。
また、工事が終われば、長い期間一緒に苦労した他業者の方たちとの間に仲間意識が生まれたりすることも、この仕事のおもしろい所のひとつだそうです。

港北高校本館2新築工事.JPG(東洋電装が担当した港北高校増築工事)

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(水道局中村町事務所新築工事)

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(大黒ニューシティーセンター新築工事)

【地域への貢献】

東洋電装は、地域社会に貢献することをビジョンに掲げ、横浜型地域貢献企業認定制度において2013年に最上位で認定されました。地域のイベントへの協賛等、積極的に地域貢献を行っています。また、所属する大黒インダストリアル協同組合主催の地域清掃活動などにも積極的に参加し工業地帯周辺の美化にも努めています。

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(和田取締役社長と商科大記者)

【取材を終えて】

今まで建設などの分野に目を向けることは少なかったのですが、今回取材した東洋電装株式会社のような電気設備工事会社が私たちの暮らしを支えているのだと実感しました。今後、横浜市営地下鉄に乗る際には今回の取材でお話を伺った東洋電装株式会社が電気設備の工事、保守を担当されていることを思い出しながら乗車しようと思いました。また、和田取締役社長が建設業界は信頼が大切とおっしゃっていましたが、普段から建設業界の企業は信頼を得るために様々な努力をされているということも今回の取材を通して感じました。

★東洋電装株式会社 http://www.toyodenso.co.jp/



2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、その後、様々な事業で協力しています。その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大の学生記者が担当しています。
今回は、鶴見区市場下町にあるプリンス電機株式会社に伺いました。取材を担当したのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ菅野(経営情報学科3年)で、この記事は菅野が担当しています。

【企業の成り立ち、歴史、沿革について】

プリンス電機株式会社は、1950年11月に東京都品川区に日本真空として創立し、蛍光ランプの製造・販売業を開始しました。1958年11月には日本真空電気株式会社を設立し、翌1959年に、業務拡張のため横浜市鶴見区元宮に新築移転しています。そして、創立30周年を迎えた1988年11月に、プリンス電機株式会社に社名変更しました。

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(取材の様子)

独自の技術による業界初の高演色性ランプや、特殊用途の石英紫外線ランプの開発、製造、販売等に事業を拡大し、2003年7月に、鶴見区元宮から現在の鶴見区市場下町に本社を移転しました。歩いて5分ほどの場所に本社工場も備えており、従業員の方々は頻繁に行き来しているそうです。

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(特殊用途の、婉曲に曲がる蛍光灯を製作中の様子)

【事業内容について】

現在は主に、LED照明やスリム蛍光ランプ、冷凍・冷蔵ショーケース等食品販売什器の蛍光ランプ等の開発及び製造販売を行っています。新規参入企業が後を絶たない中、他社にはない高演色技術と特殊用途のランプ製作の実績があり、業界内でも高く評価されています。近年はLED照明の受注が増えていますが、蛍光灯で培った技術をLEDにも生かすことで、昔からのお得意様から、蛍光灯とLED照明のセットでの注文を受けることも多いそうです。

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(主力製品の省エネLEDランプ)

高演色技術とは、商品に光を当てたときに、その色の見え方を表す技術のことで、スーパーマーケットやコンビニを始めとした食品流通業界での取引が多いプリンス電機では、この技術が、精肉・鮮魚・青果それぞれの美味しさを最大限に引き出すことで定評を得ています。寺嶋社長の「店舗において、売り場をステージとすれば、主役は売り物。主役をいかに引き立たせられるかを考えることが自分たちの仕事」という言葉が印象的でした。

【経営方針】

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(お話を伺った寺嶋社長)

寺嶋社長は、「基本に忠実に」というポリシーを持ち、製品の品質や環境に配慮したものづくりを目指して、品質・環境・労働安全衛生のマネジメントシステム認証を受け、経営の指針としています。2008年には「スリムにすれば環境にやさしい」をスローガンとしたスリムエコ宣言を行い、省エネ照明等の環境配慮型製品の開発、拡販や、小学校や企業での環境に関する出前講座の開催等を行っています。こうした活動から、2009年には横浜型地域貢献企業規格の最上位認定、2015年には横浜環境活動賞大賞受賞、2017年にはかながわ地球環境賞地球環境保全活動部門での受賞など、たくさんの表彰を受けています。
また、寺嶋社長は鶴見区制90周年事業の広報部長としての活動も行っているそうです。

【工場見学の様子】
 
インタビューの後、本社近くの工場へ移動し、郡工場長にご案内いただきました。蛍光ランプの原材料となるガラスの清掃や塗装用の機械も見せていただき、とても興味深かったです。どの蛍光剤をどのくらい、どのように混ぜるのか、といった配合は、長年培われた経験がものをいうそうで、印象的でした。

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(塗装用の機械の前で)

手作業で行う部分も多く、蛍光灯やLED基盤をひとつひとつ丁寧に、半田ゴテ等を使い加工していて、とても繊細な作業であると感じました。

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(LED基盤を1つ1つ取り付けている様子)

コンビニやスーパー等でプリンス電機の製品がたくさん使われていることを知り、とても身近に感じました。同時に、蛍光灯やLED照明は、私たちの生活になくてはならないものであると改めて感じました

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(工場内にて、完成したLED照明と共に寺嶋社長、郡工場長と学生記者)

CIMG2856.JPG(本社前にて、寺嶋社長と学生記者)

★プリンス電機株式会社 http://www.prince-d.co.jp/


2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力しています。その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大の学生記者が担当しています。
今回は、鶴見区鶴見中央にある湘南造機株式会社に伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ長田(経営情報学科3年)です。

【湘南造機株式会社の概要、沿革について】

湘南造機株式会社は、1937(昭和12年)に食品製造機器を作る粉間鉄工所として横浜市中区で創業。戦災により鶴見区へ本社を移し営業を再開しました。1952(昭和27年)日産自動車との受注契約を機に、機械設備の製造・修理及び部品の製造を開始しました。現在は日産自動車の協力会社として、自動車製造ラインの機械設備の設計製作及び修理メンテナンスなどを行っています。

全国に4ヶ所の工場、2営業所を配置、2016(平成28)年には中米メキシコに現地法人を設立しました。長年に亘る信頼関係は、たゆまぬ研究・開発と経験に裏打ちされた技術力によって作られており、進化し続ける自動車産業のニーズに応えています。

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(取材の様子)

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(事業内容についてご説明してくださる粉間常務取締役)


【全身全霊サポートする心構え】

取引先へのサポートに全身全霊をかけて取り組んでいます。全国に展開する日産工場の近隣に営業所や工場を置くことで、現場で発生する突発的な作業にも迅速に社員を派遣する体制を整えています。近年では、自動車メーカーの合理化、生産性向上のための作業改善が頻繁に行われるため、大型設備の移動などに対応する「機工部」を新設しました。

2007(平成19)年度以降は、工場内の安全に対する取り組みにも強く力を入れています。職場内で定例安全会議を行うだけでなく、安全基準を設定し、KY(危険予知)訓練や安全教育、安全パトロールなどを実施した結果、安全管理に貢献した企業として様々な表彰を受けました。

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また、東日本大震災発生時に福島県いわきにある日産いわき工場は大きな被害を受けたため、粉間代表取締役社長を筆頭に復旧作業に取り組みました。復旧が終わった折には、復旧作業に貢献した業者代表として粉間代表取締役社長が当時の日産自動車会長カルロス・ゴーン(Carlos Ghosn)氏から感謝状が贈られました。

このように常に取引先の要望に最善を尽くし、それに応じた様々な取り組みを積極的に行う姿勢が、取引先から強い信頼につながっていると感じました。

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(東日本大震災時に復旧作業で粉間社長が使用したヘルメットに
カルロス・ゴーン氏がサインしました)

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(東北関東大震災発生時に復旧作業に貢献したことで送られた感謝状)  
 
【海外の需要に応じた決断】

グローバル化が進む自動車産業においては、日本国内から輸出するのではなく、海外に工場を置くのが主流になっています。それに伴い、現地工場では機械の保全・改良のニーズが増えています。北米での販売台数増加を支えている日産メキシコ工場の機械類の改修を担当した際、日本の技術が必要とされていることを認識し、2016年(平成28年)にメキシコ現地法人設立を決断。言葉や文化の違いを超えて、お互いに人格を尊重しつつ、技術交流・人的交流を行い、海外でのサポート体制を構築しました。

粉間謙造社長は、「メキシコの方々は日本人と似通った人間性を持っている。一緒に仕事をするパートナーとして、今後も積極的に交流をしていきたい。」とおっしゃっていました。

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(湘南メキシコ現地法人の外観)             

【湘南造機株式会社のこれから】

粉間社長は、モノづくりに対する技術だけでなく想いを大切にしている方で、インタビューの中でおっしゃっていた「現状維持という守りでなく、立ち向かう勇気が必要だ。」というお言葉が、特に強く印象に残っています。そして、この言葉こそが今年で創立80周年となった湘南造機株式会社の今とこれからを象徴しているようだと感じました。

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(粉間代表取締役社長と粉間常務取締役)

【取材を終えて】 

今までは、自動車産業界といえば、メーカーのイメージしかありませんでしたが、それを支える企業の重要さ、そして双方が信頼関係に基づく連携によって、現在の自動車産業界が存在しているのだと感じました。

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(粉間代表取締役社長、学生記者長田、粉間常務取締役)

★湘南造機株式会社 http://www.shonanzoki.co.jp/

2015年3月に鶴見区と本学は「包括連携協定」を締結し、様々な事業で協力しています。その一環として、「鶴見区工業会」が発行する「鶴見区工業会会報」の中で工業会所属企業を紹介する記事を商科大の学生記者が担当しています。

今回は、鶴見区上末吉にある横浜ガルバー株式会社に伺いました。取材を担当するのは、高羽地域産業研究所研究員、学生スタッフ長田(経営情報学科3年)です。

【横浜ガルバー株式会社の沿革について】

横浜ガルバー株式会社は、1951(昭和26)年に大阪亜鉛鍍金株式会社鶴見工場として創業しました。1972(昭和47)年に横浜ガルバー株式会社として独立し、その後国内溶融亜鉛めっき業のパイオニアである田中亜鉛鍍金株式会社と業務提携を行いました。現在では溶融亜鉛めっきの生産量が業界の東日本エリアでトップシェアの企業です。鶴見工場の他に、栃木県下野市に大型の構造物にも対応できる大きな釜を備えた小山工場を構えています。また、秋田県秋田市に田中亜鉛鍍金株式会社との共同出資により秋田ガルバー株式会社を設立しています。
 
CIMG8701.JPG(お話を伺った、鶴見工場の工場長・遠田様)

【溶融亜鉛めっきとは?】

めっきの歴史は大変古く、昔から鉄を錆から守るために施されてきました。あの奈良の大仏にもめっき工法が用いられています。横浜ガルバー株式会社が扱う溶融亜鉛めっきは、1742年にフランスで開発され、ヨーロッパで盛んになりました。日本では明治に入ってからまずは官営の造船所で使用され、その後、横浜ガルバー株式会社の親会社である田中亜鉛鍍金株式会社(1908(明治41)年、田中吾一郎氏創業)が民営として初めて溶融亜鉛めっき業を開始しました。

溶融亜鉛めっきの長所は耐久性で、一度施せば、定期的な補修が必要となる塗装と異なり、環境によっては100年以上メンテナンスをしなくてもよいそうです。経済性に大変優れていると言えます。また、錆びて腐食していくと安全性に問題が出てしまいますが、溶融亜鉛めっきで守られたものは長い間その心配がありません。普段は意識しないものですが、まさに私たちの安全な生活を守ってくれています。
 
CIMG8699.JPG(取材の様子。お話を伺った遠田工場長と伊藤課長)

【溶融亜鉛めっきが活用されているもの】

溶融亜鉛めっきというのは、一般ではあまり意識されていないものです。どういったところで使用されているのか具体的にお聞きしてみました。送電線の鉄塔や、電車の架線の部材、ガードレール、立体駐車上の部材、建築の免震装置等、様々な分野で用いられているそうです。

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(東海道新幹線に使用されている架線金物)

駐車場 (2).jpg(溶融亜鉛めっきが施された立体駐車場)    

身近なところでは、みなとみらいにあるNTTドコモ横浜メディアタワーの鉄塔部分には、溶融亜鉛めっきが施されているそうです。

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(NTTドコモ横浜メディアタワー)     

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(神戸スカイブリッジ)

【周囲、環境への配慮】

亜鉛という物質は人体には必要であり有害なものではありませんが、周囲や環境への配慮には細心の注意を払っているそうです。鶴見に工場を建てた際は周囲に何もなかったそうですが、今では商店街や住宅地に囲まれています。このため、高度な排水処理施設を導入しているそうです。後から建設した小山工場でも排水処理には高度な設備を採用しています。

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(小山工場 排水処理設備)          

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(小山工場 集塵機設備)

また、環境に配慮しためっきの開発(「エコZ」)をグループ会社で行っており、鶴見工場はそれに対応した生産ラインを持っています。環境対応を求める企業からは、「エコZ」指定の注文も多いそうです。リサイクルにも取り組んでおり、溶融亜鉛めっきに使用した亜鉛を再利用するために、「YGエコピュア」という設備を開発し導入しています。この設備は、一度使用した亜鉛から不純物を分離させ、再利用するためのものです。この設備を通してきれいになった亜鉛は、再び工場内に戻され、溶融亜鉛めっきに利用されています。

【工場見学】

お話を伺ったあと、実際に溶融亜鉛めっきが施されていく様子を工場で見学させていただきました。
まずはめっきを施す部材の前処理を行います。ここで油脂や錆等の不要なものを落としていきます。

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(前処理を行うところ)
 
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(溶かす前の亜鉛地金)

大きな釜に高温で溶かした亜鉛がなみなみと満たされ、その中に吊るされた部材が浸されます。
 
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(部材が浸されたあと引き上げていく様子)

部材の厚みによって浸す時間が違うそうです(数分~数十分)。その後、冷却処理が行われます。
 
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(隣の冷却漕に浸されていく様子)

見学させていただいている間に、亜鉛が満たされた大きな釜に次々と部材が投入され、めっきが施され銀色になって出てきていました。亜鉛は400度以上の高温で溶かしているため、夏場の環境は大変過酷だそうです。また、危険も伴うため、社員の安全管理を徹底されているそうです。

【取材を終えて】

私は吹奏楽部に所属していたので、これまでめっきというと「金管楽器に施されているもの」というイメージしかありませんでした。取材をして、身近なところで様々なものにめっきが施されており、私たちの安全な暮らしを守ってくれているのだということがわかりました。(取材担当・長田)

 
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(取材の後、遠田工場長と学生記者)

★横浜ガルバー株式会社
http://yokohama.z-mekki.com/


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